アヤメ シャクヤク
ばったり 水  車 1周30分程の遊歩道
≪前沢ふるさと公園の水車とバッタリが杵をつく音≫
昭和30年頃まで、茅葺のバッタリ小屋が小沢に沿って並んでいました。2,3軒が共同で、米、粟、きび等をつく杵の音が響き渡っていたものです。平成9年12月『水車とバッタリが杵をつく音』が将来に残したい『うつくしまの30選』として福島県の認定を受けました。
前沢曲家集落は、文禄年間(1592〜1595)に横田城主・山内氏勝の家臣、小勝入道沢西という人が主家が滅んだ際に移り住んだことに始まると伝えられています。集落は、初め舘岩川近くにあったと言われ、何らかの理由で現在の位置に移動したようです。 地名の由来は、集落の前に沢(川)が流れていた事からきています。
曲家の知恵
馬とともに暮す生活の知恵
会津は大変雪深いところです。人々は雪国で暮らす工夫を重ねてきました。曲家(まがりや)と呼ばれるL字型の民家には、雪国で暮らす工夫が隠されています。間取りを見て下さい。土間が道路の方に長くつき出しています。かつては農業に馬が欠かせませんでした。雪深い冬、馬を外のうまやにつないでおくのはあまりにも忍びないではありませんか。住まいの中にうまやが設けられるようになりました。うまやをつくればどうしても、土間が大きくなります。土間から出入りするとき、道路まで離れていると雪かきが大変な重荷になります。せっかく雪かきをしたのに、一晩で1mも積もることもあります。少しでも雪かきを楽にしようと土間を道路に少しでも近づける工夫が生まれました。その結果住まいがL字型をした間取りに発展したのです。前沢をはじめ舘岩村はl、雪国で馬とともに暮らす工夫を取り入れた、数多くの曲家がつくられました。その後も住みにくいところを少しずつ改良しながら、曲家を今に伝えています。各地の雪国でも曲家が作られましたが、次々と消滅しています。そのため前沢の曲家は歴史文化遺産としても貴重になってきました。村では昭和60年に環境美化条例を制定して曲家集落の保存にのりだすとともに、曲家資料館を移築公開してし来訪者のもてなしを図っています。
曲家集落保存の歩み 昭和60年環境美化条例制定
昭和62年国土庁「第2回農村アメニティ・コンクール最優秀賞受賞」
昭和63年前沢・水引曲家集落「風致地区指定」
平成 5年第15回山本有三記念「郷土文化賞」受賞
平成 5年第1回美しい日本のむら景観コンテスト全国土地改良事業団体連合会長賞受賞
平成12年建設省「手づくり郷土賞」受賞
平成13年第19回福島県建築文化賞受賞
曲家の見方
曲家の入り口は、L字型に突き出たところにあります。引き戸を開けると奥に向かって土間が広がっています。昔は土間が、農作業空間であったうえ、トイレ、うまやがあり、風呂桶も置かれていましたが、馬がいなくなり、床が貼られて、すっかり改造されています。土間の正面はしたえんと呼ばれる部屋で、炊事、食事、近所の人との応対など、日常生活の中心となるところです。以前は板敷きで土間との間は、吹き放しのため、夏は涼しく気持ちがいいのですが、冬は囲炉裏だけでは我慢できないほど寒かったそうです。今は建具を入れ、畳が敷かれ暖房も改良されて過ごしやすくなっています。したえんの下手は、土間が続き水場(ながし)になっていました。 入り口
したえんのかみ手は、20畳近いうわえんと呼ばれる部屋になります。うわえんは、畳敷きで、大きな囲炉裏が設けられ、神棚もしつらえています。天上は高く梁組みが豪快に見えることもあります。したえんに比べ格式が高く、以前は寄り合いや結婚式、葬式に用いられていました。しかし、最近は家の中で寄り合いや結婚式を行なわなくなったため、新たな使い方が模索されています。うわえんのうら手には、ちゅうもんと呼ばれる小さな部屋があります。したえんと部屋をつなぐ位置にあり、最近は物置にしている家が多いのですが、以前は大家族で住んでいたため寝室として使われていました。うわえんのかみ手には、もっとも格式の高いざしきがあります。ざしきは、床の間、仏壇がおかれ部屋の造作も丁寧で、天上も張られています。日常は使わず、正月、結婚式、葬式などの儀式や行事、大切なお客の接待などにもちいられました。家族が多い時には、一時的に寝室として転用されることもあったようです。 うわえん
したえん
うわえんのうらてにへやとよばれる小さな部屋があります。開口部は少なく、閉鎖的ですが、プライバシーの高い部屋で世帯主夫婦の寝室として使われていました。また、出産が家でおこなわれていた頃は、へやが用いられたそうです。 ざしき
曲家の間取りは、だいたいこのような、構成をしています。見て直ぐわかることは、開放的で、融通性があることでしょう。しかし、時代とともに、ライフスタイルが変化すると寒さが厳しい、プライバシーが少ない、個室が足りないことが欠点になってしきました。そこで、伝統を生かしながら改造が工夫されています。土間の床上化やしたえんの建具もその一つです。うわえん、したえんに天井を張った住まいも多くなりました。2階を寝室に改良する例も多く見受けられます。
囲炉裏(いろり) 曲家のしたえんやうわえんには、必ず囲炉裏が設けられています。大きさは畳半分ほどで、梁から自在鉤(じざいかぎ)が下げられています。昔は夏でも囲炉裏には、炭がおこされ訪ねると自在鉤に掛けられたやかんで、お茶を入れてくれたそうです。囲炉裏には堅木が回されていますが、丁寧に見ると、四隅のうち三ヶ所は45°のトメと呼ばれる納まりなのですが、一ヶ所だけ突き合せになっています。ここは木尻(きじり)と呼ばれた蒔き置き場で、もっとも格の低い下座をいみします。下座の向かいはもっとも格が高く横座とよばれました。横座と下座のあいだの台所側が嫁座、嫁座の向かいが客座になります。昔はこのように席順が決まっていましたが、いまは暖房方式の発達とともに封建的な席順もなくなりました。
曲家資料館
入館料 大人300円 小人150円
4月下旬〜11月中旬
(冬期間休み)
曲家を特徴づけているのは、大きな茅葺きの屋根です。茅葺き屋根は、かつてはどこでも見られました。厚みは60cmぐらいあり、冬の雪に耐え、夏は涼しさをつくり、雨音を防ぐ、優れた性質があります。しかし、茅葺き職人が次第に高齢化して、茅場も少なくなってきて、日本中から茅葺き屋根がなくなりつつあります。茅の葺き替えは村人の助け合いで行なわれてきました。助け合いを「結い」や「講」と呼びますが、今年はAさんの屋根、来年はBさんの屋根、と順ぐりに屋根を葺き替えていきます。茅葺き屋根が多いことは、それだけ村人の結束が強い証になります。茅葺き屋根は良く見ると、形が少しずつ違います。切妻と呼ばれる屋根が両側に下る形、寄棟と呼ばれる屋根が三方向に下る形、入母屋と呼ばれるのは、三方向に下る屋根のうち妻側に小壁を残した形、さらには養蚕のために、寄棟や入母屋の屋根を途中で止め窓をとった形・・・・・・共通の作り方ながら個性がある。これが何度訪ねても見飽きない秘密でしょう。
雪の中にポツント立つ曲家 前から見る曲家 屋根の三角が見事 前沢集落

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